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福岡地方裁判所久留米支部 昭和52年(ワ)81号 判決

原告 原口重男

〈ほか二名〉

原告ら訴訟代理人弁護士 馬奈木昭雄

同 江上武幸

同 小泉幸雄

同 下田泰

同 諫山博

同 古原進

同 林健一郎

同 中村照美

同 本多俊之

同 小島肇

同 上田国広

同 岩城邦治

同 井手豊継

同 内田省司

同 津田聡夫

同 林田賢一

同 辻本育子

被告 西日本鉄道株式会社

右代表者代表取締役 吉本弘次

右訴訟代理人弁護士 山口定男

右訴訟復代理人弁護士 森元龍治

同 井手国夫

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告原口重男に対し金一六七七万三九〇〇円、同原口ヒサ子に対し金九四五万三〇〇〇円、同原口義明に対し金六七四万五九〇〇円、及び右各金員のうち原告原口重男については金一四五八万六〇〇〇円に対する、同原口ヒサ子については金八二二万円に対する、また同原口義明については金五八六万六〇〇〇円に対する各昭和五〇年一二月二九日から完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原口カスミ(当時五九歳)、原口義男(当時一歳)の両名は、昭和五〇年一二月二八日午前九時五四分頃、被告会社の経営する西鉄大牟田線小郡、大保駅間の大保五号踏切(以下、本件踏切という。)を、下り電車が通過後、右カスミが右義男の手をひいて徒歩で東方から西方へ横断していた際、折から小郡駅方向から北進してきた、被告会社の従業員石橋求の運転する津福発福岡行上り急行電車(以下、本件電車という。)にはねられ、頭蓋骨々折で即死した。

2  責任原因

(一) 本件踏切は、南北に走る複線の電車軌道に、ほぼ直角に設けられた幅員約三・九メートル、長さ約七メートルの無人踏切であって、踏切道のほぼ全般にわたって敷石が詰められ、保安設備としては警報機が設置されているが、踏切遮断機の設備はない。

(二) 本件踏切は、その周辺が近年急激に宅地化が進行した新興住宅街であって、通行者は幼児から老人に至るまで、通行方法は徒歩から自動車に至るまで、沿線住民なら誰もが日常利用しなければならない生活道路として重要な地位を占めており、昭和五〇年七月の調査によると一日当りの換算道路交通量は七〇二〇にのぼっている。

(三) 昭和五〇年七月の調査によると、本件踏切の一日当りの列車運行回数は二七二回に及び、特に朝夕のラッシュ時の通勤通学時間帯には一時間に一八本ないし一九本もの多数の電車が本件踏切を通過するため、警報機の作動している時間も長く、通行者は電車接近を知らせる警報機の間隙をぬって本件踏切をわたらねばならない状況にある。

(四) 本件踏切を通過する電車は、そのほとんどが大保、小郡駅間のいずれかの地点で対向電車と離合するダイヤが組まれており、本件踏切が右両駅のほぼ中間に位置することから、本件踏切付近では電車の離合が頻繁である。また一般に踏切通行人は電車接近を知るためには警報機に注意するが、一旦電車が視野にはいると、その後の安全確認は自己の視覚と聴覚のみにたよりがちで、一台の電車が目の前を通過してしまえば、警報機は依然鳴っていても、つい油断をして渡り始めがちである。

(五) 本件事故現場付近の電車の認可速度は時速九五キロメートル以下であり、本件電車は当時時速九二キロメートルで走っていたが、このような速度は前記のような運行回数の増大による過密ダイヤと相まって、事故回避に関する運転士の役割を零に等しくするものである。すなわち、右の認可速度は保安設備が運転士の事故回避措置を不要ならしめる程完壁になされていることを前提にして初めて許容される速度である。

(六) 本件踏切東側入口付近から小郡駅方向の見通しは、軌道東側に背丈が一・六メートルないし二・三五メートルに達する、かんな、ばら、コスモス、すすき等が群生し、また軌道の架線用電柱が重なり合っていて見通しは悪い。さらに東側道路は軌道より相当低くなっているため、背の低い老人、子供にとっては一層見通しは困難である。

(七) 本件事故前の昭和四六年一月、本件踏切で一家三人乗りの乗用車が電車と衝突し、子供一人が死亡するという事故が発生しており、周辺住民は被告会社に対し本件踏切に自動遮断機を設置するよう要請しつづけてきたが、いまだにそのまま放置されている。

(八) 被告会社経営の大牟田線は、踏切の平均間隔距離が全国大手私鉄の中で最も短く、しかも住宅密集地の真中を通過する区間が長く、また全線にわたって曲りくねった個所が多いという多くの欠陥を有しているにもかかわらず、被告会社は、一向に踏切保安設備の設置について努力を払わず、営業収益に直接関係する輸送力増強部門等の改善にのみ力を注いできたものである。

(九) 以上の諸点から、本件踏切には警報機のみならず踏切遮断機の設備が必要であって、本件事故当時、本件踏切に踏切遮断機の設置がなされていれば、本件事故は未然に防止し得た筈であり、本件踏切には、本来あるべき保安設備の設置を欠いた施設上の瑕疵があったといわねばならない。

(一〇) すると、本件踏切の占有かつ所有者である被告は、原告らに対し、民法第七一七条第一項により、原告らの被った損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

(一) 亡原口カスミの被った損害

(1) 逸失利益 金三七三万二〇〇〇円

亡カスミは、本件事故当時五九歳であったから、その後六七歳まで八年間就労可能であったものであり、昭和四九年当時の五九歳女子労働者の平均月間給与額は金七万六四〇〇円、年間賞与その他の特別給与額は金二一万六〇〇〇円(賃金センサス昭和四九年第一巻第一表に基づくもの)である。そこで、右給与額を基礎として生活費を収入の五〇パーセントとし、ホフマン式計算法により同人の逸失利益を算出すると、その額は

(76,400円×12+216,000円)×6.589×0.5≒3,732,000円

すなわち金三七三万二〇〇〇円となる。

(2) 慰藉料 金六〇〇万円

(二) 亡原口義男の被った損害

(1) 逸失利益 金八四四万円

亡義男は本件事故当時一歳であったから、一八歳で就業するとして六七歳まで五〇年間就労可能であったものであり、昭和四九年当時の男子労働者の平均月額給与額は金七万五四〇〇円、年間賞与その他特別給与額は金一〇万五一〇〇円(前記第一巻第一表の産業計企業規模計に基づくもの)である。そこで、右給与額を基礎として生活費を収入の五〇パーセントとし、ホフマン式計算法により、同人の逸失利益を算出すると、その額は

(75,400円×12+105,100円)×16.716×0.5≒8,440,000円

すなわち金八四四万円となる。

(2) 慰藉料 金六〇〇万円

(三) 原告原口重男の被った損害及び相続取得分

(1) 慰藉料 金二〇〇万円

同原告は亡カスミの次男、亡義男の実父であるが、同原告が同人らの死亡によって被った精神的苦痛に対する慰藉料の額は各金一〇〇万円が相当である。

(2) 相続による取得分 金一二〇八万六〇〇〇円

同原告と亡カスミ、同義男との身分関係は右のとおりであって、同原告の同人らに対する相続分は各二分の一ずつであるから、同原告は、右カスミの死亡によって金四八六万六〇〇〇円の、右義男の死亡によって金七二二万円の損害賠償債権を承継取得したこととなる。

(3) 葬儀費 金五〇万円

同原告は亡カスミ、同義男の葬儀費として金五〇万円を支出した。

(四) 原告原口ヒサ子の被った損害と相続取得分

(1) 慰藉料 金一〇〇万円

同原告は亡義男の実母であるが、同原告が長男義男の死亡によって被った精神的苦痛に対する慰藉料の額は金一〇〇万円が相当である。

(2) 相続による取得分 金七二二万円

同原告と亡義男との身分関係は右のとおりであって、同原告の右義男に対する相続分は二分の一であるから、同原告は右義男の死亡によって金七二二万円の損害賠償債権を承継取得したこととなる。

(五) 原告原口義明の被った損害と相続取得分

(1) 慰藉料 金一〇〇万円

同原告は亡カスミの長男であるが、同原告が母カスミの死亡によって被った精神的苦痛に対する慰藉料の額は金一〇〇万円が相当である。

(2) 相続による取得分 金四八六万六〇〇〇円

同原告と亡カスミの身分関係は右のとおりであって、同原告の右カスミに対する相続分は二分の一であるから、同原告は右カスミの死亡によって金四八六万六〇〇〇円の損害賠償債権を承継取得したこととなる。

(六) 弁護士費用

原告らは訴訟代理人らに、本訴の提起を依頼し、その弁護士費用として、原告らの各請求金額の一割五分に相当する金四三〇万〇八〇〇円を支払うことを約した。その内訳は、原告原口重男が金二一八万七九〇〇円、同原口ヒサ子が金一二三万三〇〇〇円、そして、同原口義明が金八七万九九〇〇円である。

4  よって、被告に対し、原告原口重男は金一六七七万三九〇〇円、同原口ヒサ子は金九四五万三〇〇〇円、同原口義明は金六七四万五九〇〇円及び右各金員のうちそれぞれ弁護士費用を控除した同原口重男については金一四五八万六〇〇〇円に対する、同原口ヒサ子については金八二二万円に対する、同原口義明については金五八六万六〇〇〇円に対する各本件事故発生の翌日である昭和五〇年一二月二九日から完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実中原口カスミ及び原口義男の死亡時の年齢及び受傷の部位程度は不知。その余は認める。同2の(一)の事実、同(二)のうち、本件踏切の周辺が住宅街であること、昭和五〇年七月の調査によると本件踏切の一日当りの換算道路交通量が七〇二〇であること、同(三)のうち、本件踏切における列車運行回数が昭和五〇年七月の調査によると二七二回であり、朝夕のラッシュ時の通勤通学時間帯には一時間に一八本ないし一九本の電車が通過すること、同(五)のうち、本件事故現場付近における電車の認可速度は時速九五キロメートル以下であり、本件電車が本件事故当時時速九二キロメートルで走行していたことはいずれも認める。同(六)の事実は否認する。同(九)及び同3の事実は争う。

2  本件踏切は、上り(大保駅方向)、下り(小郡駅方向)とも軌道が直線、平坦で、軌道両沿線とも道路になっているため踏切手前からの見通しはいずれも良好であり、本件踏切東側、下り線軌道外側より一・六メートル(警報機横付近)の地点からの下り方向の見通しは何ら障害もなく、ゆうに五〇〇メートル以上は見通し可能である。本件踏切における上下線の接触限界線間の距離は約六・三二メートルで、これを横断するに要する時間は最も通行速度の遅い歩行者でも僅か三・八秒(時速六キロメートルの速さとして)にすぎず、これに対し本件踏切東側手前から小郡駅方向への電車に対する見通し距離は前記のとおり五〇〇メートル以上あり、電車が右五〇〇メートルの距離を時速九五キロメートルで走行するに要する時間は約一八・九五秒であるから、歩行者の踏切横断時間のほぼ四・七倍である。また、本件踏切を通行する人や車が、時速九五キロメートルで進行する電車の制動距離である三七八・四メートルの距離に電車を発見してから、本件踏切の横断を開始しても、電車が到達するまでに渡りきれるだけの時間的余裕は十分にある。さらに、軌道の状況及び本件踏切の見通し状況からして、電車運転士からの本件踏切上り線東側の接触限界線付近における人や車を発見できる見通し距離が、通常の場合、時速九五キロメートルの制動距離である三七八・四メートル以上であることは明らかであるから、電車運転士が本件踏切を横断せんとする人や車を右見通し距離において発見し、直ちに急停車の措置をとれば、これと接触する危険はない。

3  本件踏切には、警報機及び上下線の電車が接近中であることを矢印で示す表示器が設置されており、事故発生当時にも右警報機、表示器は故障なく正常に作動していたものであり、また、本件踏切付近は閑静な住宅地であって、警報音を聞きとることが十分に可能であり、表示器も見えにくいといった状況にもない。

4  大牟田線はいわゆる乙種線区で、前記のように、本件踏切道における事故当時の一日当りの換算道路交通量は七〇二〇であり、鉄道交通量は二七二回であるため、本件踏切は第四種踏切には該当しないが、踏切道の保安設備の整備に関する省令(運輸省令)三条によると、本件踏切のように、一時間当りの鉄道交通量が一五以上二〇未満の踏切では道路交通量が一八〇〇を超えるときは踏切遮断機を設置すべきものとされているところ、本件踏切における一時間当りの道路交通量は最も多いときでも六七九であって、右基準の二分の一にも満たないから、同省令上は、本件踏切は警報機の設置だけで十分な第三種踏切に該当する。

要するに、被告は本件踏切に警報機を設置していたことにより、踏切の保安設備につき法的義務は尽くしていたのであって、遮断機の設置を欠いていたことをもって本件踏切の設置に瑕疵があったとはいい得ない。結局、本件事故は、原口カスミが、電車進行方向指示機を見て左右の安全を確認し、電車の進行に注意していさえすれば、本件電車の接近は容易に発見し得た筈であるのにこれを怠り、もしくは、本件電車の接近を知りながら無謀にも両足に神経症を患っていて必ずしも丈夫でないのに幼い子供である原口義男の手をとって電車の直前を敢えて横断せんとした一方的な過失に起因するものである。しかして被告において本件事故による損害を賠償すべきいわれはない。

第三証拠《省略》

理由

一  (事故の発生)

請求原因1の事実(ただし、原口カスミ及び原口義男の死亡時の年齢及び受傷の部位程度を除く。)は当事者間に争いがない。

二  (責任原因)

1  本件踏切が、南北に走る複線の電車軌道にほぼ直角に設けられた幅員約三・九メートル、長さ約七メートルの無人踏切であって、踏切道のほぼ全般にわたって敷石が詰められ、保安設備としては警報機が設置されているが、踏切遮断機の設備はないこと、本件踏切の周辺が住宅街であること、昭和五〇年七月の調査によると、本件踏切における一日当りの換算道路交通量が七〇二〇であり、鉄道交通量が二七二であること、朝夕のラッシュ時の通勤通学時間帯には一時間に一八本ないし一九本の電車が本件踏切を通過すること、本件事故現場付近における電車の認可された速度が時速九五キロメートル以下であり、本件電車が本件事故当時時速約九二キロメートルで走行していたことはいずれも当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、

(一)  本件踏切は、上り(大保駅方向)、下り(小郡駅方向)とも軌道がほぼ直線、平坦で、軌道の沿線両側が道路になっているため、踏切手前からの見通しはいずれも良好であって、時速九五キロメートルで進行する電車の制動距離である三七八・四メートルをゆうに超える見通しが確保されている。ただ、本件踏切東側の下り線東側軌条から東へ三・五メートル離れた車両停止線上において小郡駅方向を見ると、同地点が軌道面よりいくらか低い位置にあることや、架線電柱及び軌道東側の柵に沿って生育している草花雑草類が一部障害となることなどから、本件踏切へ接近して来る上り電車への見通し距離は約二三〇メートルであるが、下り線東側軌条から東へ一・六メートル離れた地点(警報機横)における同方向への見通しは極めて良好であって、前記制動距離である三七八・四メートルを超えるかなりの遠方まで何ら障害なく見通すことが可能である。またこのような軌道状況から、電車運転士が本件踏切入口付近における踏切通行人を発見しうる見通し距離も前同様ゆうに三七八・四メートルを超えるものと推測できるから、電車運転士が本件踏切を横断せんとする人や車を右の見通し距離において発見し、直ちに急停車の措置をとれば、これと接触する危険はない。

(二)  本件踏切には、東側北端と西側南端に警報機が一基ずつ設置されており、各警報機には通常の、交互に点滅する二個の赤色閃光燈及び打鐘による警音装置のほかに上下線の電車の接近を指示する列車方向指示器が取り付けられており、電車が本件踏切の手前約七八〇メートルに接近すると二個の赤色閃光燈の交互点滅、打鐘による警音の開始とともに、当該電車の進行方向を示す矢印の標示が点燈し、上下線の電車が同時もしくは引き続いて接近する場合(本件踏切付近で離合する場合)は、右方向指示器の標示も上下とも同時もしくは引き続いて点燈するようになっている。また、この列車方向指示器は一基の警報機の地上約一・八メートル付近に背中合わせに二個ずつ取り付けられているため、踏切通行人は、本件踏切に進入する際には、踏切の手前において、踏切入口側の警報機の前面の列車方向指示器と、軌条を隔てて踏切出口側の警報機の後面にある列車方向指示器の両者によって、上下線の電車の接近の有無、進行方向を知ることができる。また軌道両沿線は道路であって、さしたる障害物もないため、赤色閃光燈及び列車方向指示器が見えにくいといった状況はなく、また打鐘による警音器の音量は一メートル離れた地点で九〇ホーン以上に調整されており、付近が閑静な住宅街であることもあって、通過車両の騒音等により掻き消されたり、聴き取り難くなるということもない。なお警報機は月一回点検され、本件事故当時には何ら異常はなかった。

(三)  西鉄大牟田線はいわゆる乙種線区であり、前記のように、本件踏切における事故当時の一日当りの換算道路交通量は七〇二〇であり、また鉄道交通量は二七二であるから、踏切道改良促進法に基づく踏切道の保安設備の整備に関する省令(運輸省令)二条によると、本件踏切は踏切警報機又は踏切遮断機を設置すべきものとされている第四種踏切以外の踏切というべきであるが、同省令三条によると、本件踏切のように一時間当りの鉄道交通量が一五以上二〇未満の踏切(本件踏切におけるラッシュ時の一時間当りの電車の通過回数が一八本ないし一九本であることはすでに説示したとおりである。)では道路交通量が一八〇〇を超えるときは踏切遮断機を設置すべきものとされているところ、本件踏切における一時間当りの道路交通量は最も多いときでも六七九であって、右基準値を大幅に下回っているから、同省令上は、本件踏切は踏切遮断機の設置まで義務づけられたものではないいわゆる第三種踏切というべきである。

(四)  本件踏切付近においては、上下線の電車がかなり多く離合する。

本件事故前の昭和四六年一月に、本件踏切において、東側から西側に横断しようとした乗用自動車が下り電車と衝突し、乗用車に同乗していた子供一名が死亡した事故が発生しているが、これは軌道東側に沿った道路を下り電車と同方向に走行してきて、警報機を無視し、本件踏切手前で一旦停止することなく電車の直前を通行しようとして電車と衝突した事故であって、踏切通行者の重大な過失に起因するものである。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

3  思うに、踏切道における軌道施設に保安設備の設置を欠き、或いはこれが不十分であることをもって、工作物としての軌道施設に瑕疵があるというべきかどうかを決するには、当該踏切道における見通しの良否、交通量、列車回数、過去の事故歴等の具体的諸事情を総合して、列車運行の確保と道路交通の安全とを調整すべき踏切道設置の趣旨を充たすに足りる状況にあるかどうかという観点から判断されなければならない。そして、保安設備の設置を欠き、或いはこれが不十分であることにより、その踏切道における列車運行の確保と道路交通の安全との調整が全うされず、列車と横断しようとする人や車との接触による事故を生ずる危険性が少くない状況にあるとすれば、踏切道における軌道施設として必要な保安設備の設置を欠き、踏切道としての本来の機能を全うし得る状況にあるものとはいえないから、かかる軌道施設には瑕疵があるものというべきであり、事故発生の場合には、踏切の占有・所有者は民法七一七条一項によりその損害を賠償すべき責任があるものといわねばならない。

これを本件についてみるに、本件踏切における道路交通量が一日につき七〇二〇と相当多いうえ、本件踏切付近においては上下線の電車がかなり多く離合するといった事情はあるものの、軌道がほぼ直線かつ平坦で両沿線が道路になっていることなどから、本件踏切入口付近における踏切通行人から電車への見通し状況及び本件踏切に接近する電車の運転士から本件踏切入口付近への見通し状況はいずれも極めて良好であって、認可された電車の最高速度である時速九五キロメートルで進行する電車の制動距離を超える見通しが確保されているし、本件踏切には、事故当時、保安設備として、二個の赤色閃光が交互に点滅し、同時に警音を発するという通常の警報機のほかに、対面して二つ視認可能な、両方向からの電車の接近を知らせる列車方向指示器が設置されていて、これらが正常に作動していたのであるから、そのうえ踏切遮断機が設置されていなくても、列車運行の確保と道路交通の安全との調整という踏切道の果すべき本来の機能を全うしていたものというべきである。結局、本件踏切道においては、通行者が警報機による警報及び列車方向指示器の標示に注意し、左右の安全を確認するという踏切横断の際の通常の注意義務を尽くしていさえすれば、事故の発生は十分に未然に防止することができたのであって、右警報機、列車方向指示器以上に、原告ら主張の踏切遮断機の設置までもしなければならないものではなかったというべきであり、したがって本件踏切につき踏切遮断機の設置がないことをもって、事故当時土地の工作物である本件踏切道における軌道施設に瑕疵があったものということはできない。

すると、事故当時、右軌道施設に瑕疵のあったことを前提として、本件踏切の占有・所有者たる被告に対し本件事故の損害の賠償を求める原告らの本訴請求は、その前提においてすでに失当であるから、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものというべきである。

三  よって、原告らの本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鍬守正一 裁判官 岡村道代 一宮和夫)

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